堺市の石津地域では、明治時代には和泉木綿などの産地で、その灌漑用に風車を利用して地下水を汲み上げるという方法を利用していたそうです。そのため、いたるところに風車が設置され、第二次世界大戦前の昭和12年頃には200基もの風車があったそうです。そんな昔の懐かしい建造物を浜寺公園の運河のところに再建しています。昔のものは木製のものだったようですが、写真のものは、逆光でよく見えにくいですが、後部の羽の部分と土台のみ木組みでできています。それ以外は金属です。また、一番肝心な羽の部分の板は取り外されています。残念!