大阪陸軍砲兵工廠には、最盛期七万人に近い人々が働いていたそうで、大砲の弾などを作っていたそうだが、終戦の日前日の大空襲で壊滅しました。この建物はそんな中で残ったものの一つです。今は、管理された状態ではなく荒れた感じになっていますが、それでも昔の佇まいは残っています。